仲澤 恵梨 さん

【プロフィール】

曲げわっぱ工房E08
代表 仲澤 恵梨 さん

1982年生まれ。秋田県大館市出身。
地元の短大を卒業後、50年以上曲げわっぱを作り続けている(有)柴田慶信商店に入社。曲げわっぱ作りに携わる中で、後輩の育成にも積極的に取り組む。在職中の2016年には、高度な技術・技法を保持する「伝統工芸士」の試験に合格し、認定を受ける。2021年に独立を目指し、約20年勤めた同社を退職。その後、「<あきぎん>ビジネスコンテスト2021-2022」でチャレンジベンチャー賞を受賞。2022年5月には、業界で女性初となる独立開業を果たす。同年、NHK「サラメシ」「あさイチ」に出演。


起業したのは、お客様のニーズに応えたいから

−仲澤さんが曲げわっぱの世界に足を踏み入れたきっかけを教えてください。

子どもの頃から絵や工作が大好きで、高校では洋裁・和裁や被服に関する資格を取得、短大は建築系学科を専攻するなど、昔から「ものづくり」に興味を持ってきました。そんな中、短大の授業で「木を使った建築工法」を学んだ時に、中学生の頃にお小遣いを貯めて買った曲げわっぱを思い出したんです。小さくてかわいくて、「まるで宝箱みたい!」と一目惚れしたのを今でも覚えています。当時は好きなアーティストの写真を入れていましたが、今でも名刺入れとして大切に使っています。

その記憶が蘇ってから「私も曲げわっぱを作ってみたい」と思うようになり、20歳で柴田慶信商店に入社しました。実は入社時に、「ゆくゆくは独立したい」という気持ちを当時の社長に話していたんですよ。その頃は漠然とした夢でしたが、入社5年目の頃には、すべての製作工程の技術を身につけるために、仕事以外の時間も使って200個の曲げわっぱを一人で製作したり、12年目には念願の伝統工芸士の試験に合格したりと、少しずつ前へ進んできました。

中学生の頃から使っている曲げわっぱの小物入れ
(中学生の頃から使っている曲げわっぱの小物入れ)

−その後、独立を決意したのはなぜでしょう?

一番の理由は、お客様が欲しいと思うものを自分が作ってあげたいと思ったからです。柴田慶信商店として催事場に出向いた時に、お客様から「こういう曲げわっぱが欲しいんだよね」という声をいただくことがあったんですが、会社では生産数が多く大きなラインを分業制で動かしているので、個別注文を受けるのは難しかったんです。だったら自分が独立して作れたら、と。

もう一つの理由は、曲げわっぱ作りの環境をより良くしていきたいからです。「見て覚える」という職人の世界で技術を習得するのは本当に大変だったので、ちゃんと「教える」ことをしていきたいと思ったんですよね。若い人が「これなら続けられる」と思える職場環境でないと、曲げわっぱという伝統を後世につなげられないと思うので。

仲澤さんの商品
(お客様の声を元に展開される仲澤さんの商品)

「今」を大事に、人に喜ばれるものを作る

−秋田で起業する醍醐味は、何だと思いますか?

私が大館という「地元」で起業したことも大きいと思いますが、起業して奮闘する人を、事業者としてではなく、一個人として、人として見てくれる風土があることでしょうか。起業は自分のやりたいことが自由にできるのが醍醐味ですが、自分「だけ」ではできないことがたくさんあります。そんな時、周りの人が一生懸命応援してくれる秋田の環境は、本当にありがたいと感じますね。「そんな秋田が好き、地元が好き、地元の曲げわっぱが好き!」という気持ちを持てているからこそ、お客様にも曲げわっぱを好きになってもらえるんじゃないかな、とも思います。まずは自分がこの土地を、商品を好きじゃないと!

−仕事をする上で大事にしている座右の銘はありますか?

私は常々、伝統工芸は「今を生きること」だと思っています。大事にすべき歴史ももちろんありますが、「今」を大事にしないと何も大事にできないですし、時代が変われば物(工芸品)も変わると思うんです。伝統を大事にしつつ、時代に合ったものに変えていく。そんな取り組み方を目指しています。伝統を重んじる世界で新しいことを試みているので、もしかすると違う考え方の人もいるかもしれません。それでも曲げわっぱを次の世代へつないでいくために、仲間と一緒に突き進んでいきたいと思っています。辛い時もありますが、一緒に活動してる社員の佐藤江里子さんがいつも「大丈夫」と笑い飛ばしてくれるのに助けられていますね。

作品作りで大事にしているのは、「お客様に喜んでもらえるものを作る」「欲しいと言われたものを作る」こと。オーダーメイドだと「型」を作る代金をいただかないといけないのですが、その後うちの商品として展開することがOKなら型代無しで作っています。商品化しても一つ一つ手作りなので、すべてがオンリーワン。現在は50〜60ほどの商品を製作していて、女性向けの小ぶりな弁当箱や、おかずをたっぷり詰めても大丈夫なふたが深い弁当箱、おみやげにもぴったりなアクセサリーなど、お客さんの「欲しい」に応える工夫をしています。せっかく購入していただくので、末長くお付き合いしてもらえるように、使っているうちに何か取れた、黒ずんだ、くらいなら無料でお直しするようにメンテナンスにも力を入れています。

佐藤江里子さん
(大切な仲間の佐藤江里子さん)

周りに背中を押してもらい、起業へ

−起業する時に大変だったことは?

やはり、独立を会社に伝える場面ですね。社長からは「甘く見てはいけないよ」と心配されました。でも、独立に関する不安を社長に相談するようにしたら、まるでそこから枝が伸びて広がっていくように、情報や人のご縁がつながっていきました。会長の奥様から一番最初に「あなたは独立したほうがいい」と背中を押してもらっていたことも勇気になりました。

資金計画も大変でしたね。利益の伸び率や年間売り上げを、経験から割り出していくしかないので困りました。結局、独立を考え始めてから準備に5年かかりました。

あとは、ずっとものづくりだけをやってきたので、とにかくパソコン作業ができなくて…。最初は自分で何もかもやろうとしていたんですが、時間もないしやり方も分からないし、本当に大変で。なので、お金のことは経理の経験がある父母にお願いしよう!財務のことは親戚に頼もう!と、少しずつ周りに頼ることにしました。そのおかげで、私は注文を受けて製作し、発送することに専念することができて助かりました。催事の時に間に入ってもらう業者さんや、ホームページのデザインをしてくれる能代市のKanata factoryさんなど、同世代の事業者さんにも手伝ってもらっています。

−起業する時に助かったサポートは何でしたか?

大館商工会議所主催のビジネスセミナーに参加した時、ふと一人の職員さんに「起業したいと思っている」と相談したら、その場で「私がサポートするよ!」と言ってくれて、そこからぐっと実現性が高まりました。県や市の補助金に関する情報をくれたり、秋田銀行主催の「<あきぎん>ビジネスコンテスト2021-2022」に出てみたら?と勧めてくれたり、すごく熱心に支援してくれて。その職員さんがいたから、私は起業できたんですよ。今でもよく経営のことを相談しています。金銭面では、日本政策金融公庫大館支店の資金サポートや金利の優遇なども助かりました。

実は起業して間もない頃、NHK「サラメシ」に出演したんですが、すごく宣伝効果があったと感じています。人気番組に出ることで多くの人に認識してもらえて、インスタグラムのフォロワーが一気に3,000人増えたんですよ!

そして、夫からの「起業いいじゃん」「やったほうがいいよ」の言葉。全然違う業界で働く夫ですが、「あなたが成功しない未来が見えない」とまで言ってくれて、すごく背中を押してもらいました。

実家の倉庫を改装したという工房
(実家の倉庫を改装したという工房)

相談すること、頼ることを恐れない

−これからについて、具体的な計画や目標を教えてください。

様々な業界の若い世代とのコラボ商品を、どんどん作っていきたいと思っています。由利本荘市の「ドライフラワーと雑貨memomi」さんから声をかけてもらって一緒に作った「ボックスフラワー®️」や、愛媛県の「宇和海真珠」さんの真珠を使ったアクセサリーなど、これまでも積極的に共同制作を行ってきました。銀線細工や陶器など、分野にこだわらずそれぞれのいいところを発信できるような作品をこれからも作っていきたいです。若手の柔らかい感性で、これまでにない物を生み出したいですね!

ドライフラワーが曲げわっぱに入ったボックスフラワー
(可憐なドライフラワーが曲げわっぱに入ったボックスフラワー®︎)

−最後に、起業を目指す人へのメッセージをお願いします。

起業したいと思ったら、恥ずかしがらずにいろんな人に相談して欲しいと思います。分からないことがあったら、人に頼るのがいちばんの近道ですよ。理解してくれる人は必ずいるので、助けてもらいましょう。その時にポイントになるのは「同世代」であること。世代が近いと苦労しているところが似ていて、想いを汲み取ってもらえると思います。それに、これからも時代を共に生きていく仲間ですから、ぜひ「同世代」の人たちを大事にしてくださいね。

曲げわっぱのアクセサリー
(曲げわっぱのアクセサリー)

(2023年12月インタビュー)



曲げわっぱ工房 E08(いーわっぱ)
設立:2022年5月
住所:〒018-5751 秋田県大館市二井田字村下165-2
URL:https://e08.jp/