代表 中山 功大さん

【プロフィール】

Ventos(ベントス)
代表 中山 功大さん

1996年生まれ、東京都出身。
首都圏の大学在学中の2021年に、秋田県にかほ市の地域発展を担う次世代起業家の輩出を目指す「Hatch! ビジネスプランコンテスト」で優秀賞(にかほ賞)を受賞。地域おこし協力隊への参加権を獲得し、2021年4月ににかほ市へ移住。同年5月、大学同期生の笠間怜さんとともにVentosを立ち上げ、農村交流や田舎体験を仲介する事業を行う。2023年5月には、にかほ市象潟町横岡地域にある築100年ほどの古民家をリノベーションし、「ゲストハウス麓〼-rokumasu」をオープン。首都圏からの旅行客を中心に、鳥海山麓に広がる豊かな自然環境や人との交流を楽しめる体験の場を提供している。


「ゼロ距離交流」を観光に活かす

−まず初めに、「ゲストハウス麓〼-rokumasu(以下、麓〼)」について詳しく教えてください。

麓〼は、標高約200m、人口約200人の横岡地域にある古民家を使ったゲストハウスです。ドミトリーは6名分、個室は3名×2部屋あります。宿泊客は首都圏の旅行者が大半です。地域の子どもたちもよく遊びに来るので、旅行者と地域住民との交流拠点にもなっています。

横岡を選んだのは、「人との距離感の近さ」に惹かれたからです。移住当初は農村体験の仲介をしていた私たちですが、「体験だけだと関わり方が薄くなってしまう。夜の飲み会が一番楽しいのに!」とずっと思っていました。そこで、長期滞在できるゲストハウスを構想し、候補地を探し始めました。いろんな土地を回った中で、横岡のフレンドリーさは別格。地域のイベントに参加したら慰労会に誘われ、そのまま地域の人が家に泊めてくれたり、空き家の情報を尋ねたらその場で案内して、持ち主とつないでくれたり。「都会にはないもの」を探していた私たちには、横岡の「ゼロ距離交流」はとても魅力的でした。

−「Hatch! ビジネスプランコンテスト」の受賞をきっかけに秋田へ移住されたそうですが、もともと地方での起業に興味があったのでしょうか?

親が自営業だったので起業は身近な選択肢で、高校生ぐらいから自分で仕事をつくりたいと思っていました。大学は経営学部に進学し、事業計画書を作る授業や、ベトナムで事業開発を行うインターン、留学したフィリピンとカナダでも新規事業開発を担うなど、起業に活かせる経験をたくさんしました。趣味と言えるものがなかった私ですが、今世の中にない新しい価値をつくるのって面白いなと感じていました。

現在の事業パートナーである怜と大学3年の時に出会ってからは、よく一緒に旅に出かけました。その中で一番心に残っているのは新潟県長岡市の花火大会。見物客がたくさんいる会場で、地域の人がブルーシートを空けて座らせてくれ、いろんな話をしながら楽しんだんです。観光の醍醐味は「人との交流」にあるんだと気づいた瞬間でした。その気づきは、麓〼のコンセプトにもつながっています。

その後起業を目指して様々なビジネスプランコンテストに参加していた時、にかほ市で一般社団法人ロンド(以下、ロンド)というまちづくり法人を設立した大学の同期から、「Hatch! ビジネスプランコンテスト」を勧められました。このビジコンの受賞特典としてにかほ市地域おこし協力隊の参加権をいただき、移住と秋田での起業を決意しました。

古民家を1年かけて改修した麓〼
(古民家を1年かけて改修した麓〼/写真提供:Ventos)

大切なのは、地域の人とのつながり

−秋田で起業する醍醐味は、何だと思いますか?

都会に住んでいた時は、いろんなサービスやものがあふれているのに何かが足りない感覚がありました。今思えば、人とのつながりを欲していたんだと思います。人と一定の距離をとる都会に寂しさを感じている人に、あたたかい交流を提供できる「人との距離感の近さ」が秋田にはあると思っています。

競合の少なさや、観光資源がいっぱいあるのに事業化されてないことなど、秋田はビジネス上のメリットも多いです。ゲストハウスを都会でやってもあまり注目されませんが、秋田ではまだまだ珍しく、競合があまりいません。起業コストの面でも、この広い古民家の家賃、家主のご厚意で月1万円なんです。あと、地域の人の作業を手伝うと食材をもらえたり、お金だけじゃない物々交換文化があるので、「もしお金がなくなっても生きてはいける」という安心感で、起業のリスクが小さくなっているように感じます。

−仕事をする上で大事にしている座右の銘はありますか?

常に考え続けること。どうしたらお客様が来てくれる?麓〼の価値は何?と問い続け、試行錯誤を繰り返すことです。一般的にゲストハウスは観光地に多いんですが、横岡は観光地ではないので、集客するにはコンテンツが必要です。伝統芸能、農業、漁業…。どんな体験を企画できるか考え続け、時には他のゲストハウスのオーナーに相談しながら様々な方法を試しています。

そして一番大切にしているのは、地域の人とのつながり。麓〼は「地域の暮らしを体感できる場所」というコンセプトを掲げていますから、私たち自身も地域の行事にできる限り参加し、地域の人と話すようにしています。すると、地域の人も麓〼に遊びにきてくれるようになって、宿泊客との交流が生まれて。以前ウクライナから秋田に移住したというお客様が「移住して2年経つが、初めてこんなに秋田の人と交流できた。みんな優しくてびっくりした」と言ってくれたのはうれしかったですね。

麓〼のドミトリー
(麓〼のドミトリー/写真提供:Ventos)

「人との交流」があれば、起業も移住も楽しい!

−起業する時に大変だったことは?

思い返せばすべて楽しかったんですが、自分たちがやりたいことを人にうまく伝えられなかった時は大変でした。「田舎をつくろう」というキーワードでコンセプトを説明したら、「田舎をつくろうと思ってゲストハウスに来る人はいない」「ここでの体験を通してその結果ここが田舎に思えるんじゃないか」と言われて、自分たちのやりたいことをどう表現すればいいのか分からず苦しかったです。その後2人で考え続け、「地域の暮らしを体感できる場所」という今のコンセプトが生まれました。

−起業する時に助かったサポートは何でしたか?

資金面では、秋田県の「若者チャレンジ応援事業」や「未来へつなぐ元気な農山村創造事業」などの補助金を古民家のリノベーションに活用することができました。「改修ワークショップ」を開催し、約1年かけて地域の人や仲間と一緒に漆喰塗り、床の根太作り、天井貼りなどを行いました。地域の人が知り合いの業者から測量機を借りてくれて、一緒に下水道を堀ったこともあったんですよ。

あとは、ロンドが運営するインキュベーション施設「わくばにかほ」のコワーキングスペースを活用したことで起業家とのつながりがたくさんできましたし、「Hatch! アクセラレータープログラム」など充実した支援もありました。

地域の人とつないでくれることもありがたかったです。ロンドの金子さんが連れて行ってくれた漁師さんや、にかほ市役所が紹介してくれた横岡稲倉そば生産組合の齋藤喜久男さんから、にかほの楽しさをたくさん教えてもらいました。齋藤さんに会いに行ったらいきなり「蕎麦打ちするぞ」と言われ(笑)、一緒に蕎麦を打って食べた時のおいしさを今でもよく覚えています。

改修ワークショップで子どもたちが塗ってくれた漆喰の壁
(改修ワークショップで子どもたちが塗ってくれた漆喰の壁)

都会で育ったからこそ、秋田が楽しい!

−これからについて、具体的な計画や目標を教えてください。

実は今、横岡産の米とそばの実で作る「炊き込みご飯」の商品開発をしています。耕作放棄地を増やさないために米の転作としてはじめた横岡地区での蕎麦生産は、「全国そば優良生産表彰事業」で表彰されるほど評価されていますが、国交付金の制度変更により生産者は今後の生産に不安を感じているんです。そこで、横岡の魅力の1つであるそば生産を盛り上げていくため、地域独自の食べ方である「そばご飯」ににかほの春夏秋冬の食材を組み合わせて商品化し、横岡のそばの価値を押し上げることで生産者の力になりたいと考えています。先日、地域のお母さんたちに手伝ってもらい道の駅で行った試食会では300食が完売しました。

ゲストハウスは人が集まる場所、そこから生まれるアイデアや商品は新たなビジネス展開に活かす、と棲み分けして、これからいろんなことに取り組もうと思っています。地域の人から「新しい風が吹いているようで楽しい」「一人ではできなかったことを一緒にできてうれしい」と言ってもらえているので、頑張りたいですね。

−最後に、起業を目指す人へのメッセージをお願いします。

秋田は資源が豊富で起業しやすい土地柄です。なんと言っても「東京から遠い」のがいい!昔ながらの日本の伝統や景観、番楽、棚田など、都会と全く違う文化が残っているのが秋田の魅力です。私は都会で育ったからこそ、そんな秋田が楽しくてたまらないんですよ。

県内で活動する同世代の起業家との横のつながりが結構あって、「一人じゃない」と思えるのも心強いです。起業に必要な「やりたいことができる環境」と「仲間のつながり」が、秋田にはありますよ!

麓〼の板の間
(麓〼の板の間にて)

(2023年11月インタビュー)


ゲストハウス麓〼-rokumasu
設立:2021年5月
住所:〒018-0151 秋田県にかほ市象潟町横岡前田45
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