【プロフィール】
株式会社アウトクロップ
代表取締役 栗原エミルさん
1996年生まれ、ドイツ出身・京都府育ち。
2015年、国際教養大学への進学を機に秋田へ移住。在学中の2019年に大学の友人である松本トラヴィスさんと共に短編映画「沼山からの贈りもの」を制作し、「全国地域映像団体協議会グランプリ2020」において学生部門の最優秀賞である文部科学大臣賞を受賞。2020年12月に映像制作会社「株式会社アウトクロップ」を創業する。2021年11月には、月に一度の上映会を行う「アウトクロップ・シネマ」を秋田市の中心市街地にオープン。地域課題の解決やクリエイター共創を目指す新拠点「Atle DELTA(アトレデルタ)」を2024年にオープンさせる。
まだ価値が見つかっていないものに、光をあてる
−栗原さんが「沼山からの贈りもの」を制作しようと思った経緯を教えてください。
短編映画「沼山からの贈りもの」は、秋田の伝統野菜である沼山大根を復活させようと奮闘する人たちを追ったドキュメンタリーです。もともと映像やカメラが好きだったので、「秋田を離れる前に秋田を映像に残してみよう」という感覚で、卒業前に取材と制作を始めました。今思えばなんですけど、県外出身の私が秋田という地域を題材に何かを作ろうと思えたのは、学生時代に仲間とつくったシェアハウス「好間風(すきまかぜ)」の存在が大きかったと感じています。
私が通っていた国際教養大学は、1年生は敷地内の学生寮に住むのが条件でした。世界中から人が集い、多くの言語が飛び交う魅力的な環境だった反面、生活がキャンパス内で完結してしまい「秋田感」がなかったんです。京都育ちの自分にとって「未知の世界」である秋田と接点を持ちたくて、2年生の時に地域の空き家でシェアハウス「好間風」を始めました。すると、どんどん学生と地域のつながりができてきたんです。山菜取りに連れて行ってもらったり、回覧板と一緒に漬物が置かれていたり、そんな小さな出来事が積み重なって、秋田の暮らしへの想いが強まっていったのを覚えています。そういうベースがあったから、沼山大根の話を聞いて直感的に面白いと思えたし、なんでなくなっちゃったんだろう?と興味が膨らんだんだと思っています。
−その後起業し、秋田に残ることを決めた理由は?
「沼山から〜」の映像制作がとにかく面白くて、半年休学して制作を続けつつ起業の準備をしました。「技術もお金もない学生じゃ何もできないかも」と不安もあったんですが、試しに出した映像祭で思いもかけず高い評価を得ることができたんです。第三者からの評価は、起業する自信になりました。
「秋田で映像会社をやっても仕事ないでしょ」と言う人もいましたが、都会の映像会社に勤めても自分たちの信念に合う制作ができるわけではないですよね。私たちは、「沼山から〜」の制作で感じた、日の目を見ないものに光をあてる活動自体に意義を感じて起業を選びました。あと、一人じゃなかったのも大きいです。大学の後輩で映像づくりのセンスもある松本トラヴィスと一緒に起業できたことが、何より力になりました。
出会いを大切にして進む
−秋田で起業する醍醐味は、何だと思いますか?
なんと言っても固定費が安いこと!アウトクロップシネマも空き家を改修して使っていますが、秋田には空き家がいっぱいあるので、それを安く借りることができればいろんなことを始めやすいと思います。起業家が少なくメディアに取り上げられやすいので、広告宣伝費がほとんどかからないのも助かっています。
人材確保がしやすいのも魅力ですね。今年新卒で1名を採用したんですが、学生時代にインターンシップに参加してくれていました。インターン経由の採用はミスマッチが起こりにくいし、採用活動の経費をグッと抑えることができます。県内でも秋田市は大学が多く、私たちのような制作系企業にとって秋田公立美術大学というデザイン分野の大学があることも魅力ですね。
人口減少の進む秋田で事業ができたら、全国どこへ行ってもできると思うんです。そういう意味で、自分がやりたいことを実証する場所としても秋田は最適ですよ。
−仕事をする上で大事にしている座右の銘はありますか?
「こんなアウトクロップになりたい」という姿を見据えることも大事ですが、目の前のことやその時の出会いを大切にして進み、ふり返った時にすべてがつながっているような成長の仕方をしていきたいと思っています。だって、メンバーが変われば考えも変化していきますからね。今いるメンバーのチカラを集約するのが、代表である自分の役割だと思っています。
悩みながらも、周りからサポートしてもらい起業
−起業する時に大変だったことは?
ビジネスとアーティストのバランスですね。起業当時、2人でかなり議論を重ねました。私は、どうせ起業するなら同世代より稼いでやる!という野望みたいなものを持っていて、映像がサービスとして成り立つのかずっと悩んでいました。逆に松本は、ビジネスを優先して自分たちが作りたいものを作る時間がなくなるのではないかという不安を持っていて。
法人化のタイミングでお互いの考えをとにかく話し合って、最後には「クライアントワークと自主制作のバランスを見つける」というところに落ち着きました。
−起業する時に助かったサポートは何でしたか?
私たちは学生だったので本当にお金がなくて、秋田銀行からの創業融資は本当に助かりました。映像機材を購入して一瞬でなくなっちゃいましたけど(笑)。他にも、河辺雄和商工会の枝川さんという職員さんが、経営もファイナンスも何も分からない私たちに対してすごく親身になってくれたことも心強かったです。
あとは、起業する時に出会った銀行員さんとのエピソードが忘れられなくて。その方には事業計画書を初めて提出した時に担当してもらったんですが、その後すぐに秋田市内の食事処でたまたま再会したんです。私たちの話をじっくり聞いてくれたり、逆にご自身の夢を話してくれたりして信頼関係ができ、そこからずっとサポートしてくれました。こういうのって、ただの偶然じゃないと思ってるんです。秋田には、地方でチャレンジしようとしている時に手を差し伸べてくれる人が多いと思います。
起業は幸せな選択肢
−これからについて、具体的な計画や目標を教えてください。
起業してから3年。売り上げもメンバーも増えたこのタイミングで、人々が集える新拠点をつくろうと思っています。拠点名は「Atle DELTA(アトレデルタ)」。私が学生シェアハウスで感じた「サードプレイスの大切さ」を再現し、業種や世代の枠を越えて世界中から多様な人が集まる場所を目指します。実は、あの時シェアハウスで一緒に住んでいた学生5人は全員、秋田に残っているんです。明らかに、秋田に対するイメージがシェアハウスでの生活を介して変わったんだと思います。人が集うことで何かが起こる。そういうエコシステムをつくっていきたいですね。もちろん映像の仕事も続けつつ、それだけではできないこともできるのがすごく楽しみです。
▼Atle DELTAのクラウド・ファンディングにも挑戦中!(2024年4月1日まで)
https://motion-gallery.net/projects/delta
−最後に、起業を目指す人へのメッセージをお願いします。
過去の自分の背中を押すとしたら、「起業して、もし失敗してもネタになる!」と伝えたいです。就職活動や創作活動など、何をやるにしても起業の経験はプラスになると思います。だとしたら、チャレンジしないことが一番リスクですよね。実は、みんなが失敗だと思っていることって全然リスクじゃないんですよ。私が起業する時も、周りから「新卒というブランドを捨てるなんてもったいない」「一度勤めたら」と言われたんですけど、やりたいことができずに心が疲れる人が多い中で、やりたいことができる起業は失敗したとしても幸せな選択肢なんじゃないかなと思ってます。
(2024年1月インタビュー)
株式会社アウトクロップ
設立:2020年12月21日
住所:〒018-2302 秋田県秋田市中通3丁目3-1
URL:https://outcropstudios.com/