【プロフィール】
合同会社Anique
代表 斎藤美奈子さん
1988年生まれ、神奈川県出身。
東京、アメリカ、スペインでの飲食店勤務を経て、2020年に北秋田市地域おこし協力隊として秋田に移住。移住コーディネーターを務める傍ら、大阿仁地域の活性化を担う一般社団法人大阿仁ワーキングの理事に就任。2022年1月、比立内駅舎の一部を改装したコワーキングスペース「阿仁比立内がっこステーション」を完成させる(2023年11月には同所に漬物加工所を併設)。2023年6月に地域おこし協力隊の任期を満了し、地方創生に取り組む合同会社Anique(アニーク)を設立。イベント企画・動画制作のほか、同年8月には、ホットドッグと立ち飲みのお店「ザ・リハーサル」を北秋田市鷹巣にオープン。12月には阿仁地域のりんごを使用した果実酒「FUSHIKAGE HARD CIDER(伏影ハードサイダー)」を商品化。
秋田の豊かな食を通して、人と人がつながるきっかけをつくる
−海外で働く中、秋田に移住しようと思ったきっかけは?
ワーキングホリデー制度を使ってスペインの飲食店で働いていた時、コロナ禍になり仕事がすべてストップしてお給料が入らなくなって…。やむを得ず帰国することになって気づいたんです。「やりたいことを先延ばししたらできなくなるかもしれない。やりたいことは今やらないと!」って。
実は私、小さい頃に鍵っ子で一人でいるのが普通だったからか、人が多過ぎると気疲れしてしまうタイプで、「50〜60代になったらゆったり田舎暮らしをする」というのが夢だったんです。これを先延ばししないで、帰国したら都会ではなく山々に囲まれた静かな土地で暮らそうと決意しました。
秋田を意識したのは、アメリカの飲食店に勤務していた時のこと。そこで日本酒の「雪の茅舎」を初めて呑み、その美味しさに感動したのがきっかけでした。秋田の酒蔵であることを知り、海外では日本酒をはじめとする発酵文化への注目度が高まっていることを感じていましたし、これまで飲食業界に携わってきたこともあり、食の豊かな秋田しかない!と思ったんです。ネットで秋田の仕事を検索したら地域おこし協力隊という仕事があると分かりました。北秋田市は、住居探しや移住の手続きのサポートなどが手厚く、とても親身になってくれたことが移住の決め手になりました。
−移住してからどんな活動をしてきましたか?
移住後間もなく、大阿仁ワーキングの活動を紹介していただきました。大阿仁地域で採れた旬の農産物を販売する「ムラ市」などを手伝ったり、毎月の会議に参加しているうちに自然と地域の皆さんと仲良くなり、2021年11月に比立内駅の駅舎をDIY改修することをきっかけに市の中心部から阿仁へ転居して活動していました。漬物製造に関する食品衛生法が2024年6月に改訂されることが決まり、保健所の漬物製造許可を得た場所で作った漬物でなければ販売できなくなることが分かってからは、比立内駅舎の一部を漬物加工所に改装するプロジェクトを立ち上げました。
移住してから3年、阿仁を知って、いろんな人と出会って…。起業を考える頃には、自分がやりたいことに加えて、この地域の役に立つことをしたいという気持ちが芽生えていました。自分は食が好きだから飲食店をやりたいんだとずっと思ってましたが、私にとって食は人と出会うためのツールであって、私が一番うれしいことは自分がきっかけとなり人と人の新たなつながりが生まれることなんだって思えたんです。
そんな想いで起業したAniqueとしての初事業は、ホットドックと立ち飲みのお店「ザ・リハーサル」。高校生にも来てもらえる価格帯で軽食を販売しつつ、大人はお酒を飲めるお店として、地域の人の交流の場にもなっています。2023年に開発したお酒「FUSHIKAGE HARD CIDER」は、地域のりんご農家さんを多くの人に知ってもらうプロダクトになりました。
人に喜ばれる仕事をする
−秋田で起業する醍醐味は、何だと思いますか?
メディアにピックアップされやすいことですね。首都圏だと起業家がたくさんいて、似たようなことをやっている人っていっぱいいるんですけど、秋田は起業人口が少ないので取り上げられやすく、活動を知ってもらいやすいです。東京でカフェをやって20人のお客様が来ることと、阿仁で20名集客すること、やっていることは同じ価値があるかなと。他にも家賃が安いことなど、秋田で起業するメリットはたくさんあると感じています。
−仕事をする上で大事にしている座右の銘はありますか?
「人に喜ばれて生きる」、これに尽きます。秋田に移住して「よく来てくれた」「秋田に来てくれてありがとう」と言ってもらえて、自分がこの地域にいることを喜んでくださる方がいることが本当にうれしくて。人に生かされると書いて「人生」。人との関わりを避けては通れない世の中で、関わることが心地いいと思える場所がたまたま見つかった私はすごく幸せ者だなって思います。
やりたいことを可視化し、信頼を積み重ねる
−起業する時に大変だったことは?
法人の登記、立ち上げ方がまったく分からなかったことです。起業の初歩の、そもそものところなんですけど、いざやろうとすると分からないことばかりで…。大阿仁ワーキングのメンバーでもあり、Aniqueの共同経営者でもある佐々木が、事務的なことも得意なのですごく助かりました。
あとは、自分がやりたいことのイメージを共有するのも大変でした。具体的なサービスが決まっている起業家が多い中で、私たちは「阿仁をもっとユニークにしたい、地方が面白くなる活動をしたい」としか謳っていなくて。やりたいことを分かってもらうには言葉だけじゃ限界がありました。だから、小さくても確実に可視化していこうと思っています。まずはやってみて、それを見てもらって、信頼を得ていくしかないと。
−起業する時に助かったサポートは何でしたか?
地域おこし協力隊が起業時に活用できる100万円の補助金です。他の補助金は特に使っていません。お金がなくてもやれることってたくさんあるので、Aniqueでは最初からお金がたくさんかかるようなことはやらず、すでにある地域資源に目を向けて磨いていきながら、いただいた仕事を精いっぱいやって信頼を積み重ね、また仕事を任せようと思ってもらえることを大事にしています。
人がワクワクする地域にしたい!
−これからについて、具体的な計画や目標を教えてください。
阿仁での活動で掲げたいテーマは「日本一ワクワクする限界集落」です。限界って聞くとマイナスなイメージがあって、20年後に人口が半数になる統計予測を見ると危機感を感じるかもしれません。でも、地域の人がワクワクして暮らしていたり、数は少なくても若い人が来てくれれば面白くなっていくと思うんです。人口減少を止められるとは思いませんが、阿仁を1年でも1ヶ月でも長く残したい。そのためには関係人口の構築が必要だと思っています。人の流れを作り、経済を回すってことですね。例えば今年4月に廃校舎になる小学校を活用し、バックパッカーや、企業研修、学生の合宿先として泊まれるような簡易的な宿泊場所を備えた複合施設をつくりたいと考えています。
あとは、熊肉の活用。実は今、阿仁のマタギ文化に魅せられた20〜30代の若者の移住が増えてきているんですよ。そういう人たちと一緒に、阿仁が発祥の地とされるマタギという歴史・文化を受け継ぎながら、令和に生きる若い世代のマタギの活動や取組みも広めていきたいです。それから伏影のりんごも、もっとPRしていきたいです。流通量が少なく、なかなか手に入らないことから「幻のりんご」と言われていたこともあるりんごです。そういう神秘的な打ち出し方で、阿仁の魅力を外へ届けられたらと。やりたいことはたくさんありますね!
−最後に、起業を目指す人へのメッセージをお願いします。
やってみないと何も分からないので、まずチャレンジしてみる!ですね。 うまくいかなかったらどうしよう、食べていけなかったらどうしようと不安で一歩踏み出せない人もいると思いますが、いろいろな働き方がある今の時代、会社を辞めて起業一本でやる必要はないと考えています。アルバイトしながらでもいいじゃないですか。
すべてを捨ててこの起業にかける!って思って行動できたら一番いいのかもしれませんけど、最低限生きていける環境を残した上での起業だって全然アリだと思っています。それに失敗したとしても、それが早ければ早いほどリカバリーしやすい。起業に失敗したからって人生が終わるわけじゃないですから、やりたいことがあるならまずは行動することを私自身も常に意識しています。
(2024年1月インタビュー)
合同会社Anique
設立:2023年5月29日
住所:〒018-4742 秋田県北秋田市阿仁幸屋渡上添根64−2(阿仁比立内がっこステーション)
URL:https://www.instagram.com/minako_1988/