岡住修兵さん

【プロフィール】

稲とアガベ株式会社
代表取締役社長 岡住修兵さん

1988年生まれ、福岡県出身。
神戸大学で経営学を学んだ後、醸造を目指し2014年から4年半、秋田市の新政酒造で酒造りに従事。その後大潟村の石山農産で米作りを学ぶ。2020年には浅草のどぶろく醸造所「木花之醸造所」の立ち上げに参画し、醸造長に就任。2021年に秋田銀行と日本政策金融公庫から2億円を超える協調融資を獲得。清酒製造免許の新規発行が原則認められていないなか、「その他の醸造酒免許」と「輸出用清酒製造免許」を活用して男鹿市に酒蔵を立ち上げる。酒蔵にはレストラン「土と風」を併設。2023年には、酒粕など酒造りの過程で生じる副産物を新たに生まれ変わらせる食品加工場&ショップ「SANABURI FACTORY」、一風堂監修による男鹿塩を使ったラーメン屋「おがや」をオープン。


起業家の仕事は「いい仕事をつくること」

−福岡出身の岡住さんが「酒蔵」を「男鹿」で立ち上げようと思ったのはなぜなのでしょう?

大きな理由はないんですよ。学生の頃にアントレプレナーシップを学んで、「じゃあ自分は将来何をしたいんだろう?」と自問自答を繰り返した時期があって。考えて、考えて、悩んだ末に、「今の時代、選択肢が多すぎるからいつまでも悩んでしまうのではないか。だったら先に決めてしまおう」という思いに至ったんです。そこで、自分の部屋を見渡し、その時に目に入った「酒」で事業を起こそうと決めました。

その後は、飲食店で日本酒を片っ端から飲んでいきました。そんな中、神戸にある日本酒居酒屋で新政に出会ったんです。味わいもデザインも他とは違う新政のお酒に衝撃を受け、思わず「新政で働きたい」と店主に伝えたところ、その店主が「新政で働きたい若者がいる」とお店のSNSに投稿。それを見た新政酒造の佐藤社長が「いいっすよ」とコメントをくれて、あっという間に採用が決まりました。「何で生きるか」をとにかく決めて、その場その場の「ご縁」を大事にしつつ、そこに飛び込んだという感じなんです。起業する時に理由を考えすぎるとそれに縛られてしまうので、始めるための仰々しい理由はいらないし、飛び込んでからいっぱい考えたらいいと思います。

(秋田県JR男鹿駅の旧駅舎を改装した酒蔵)
(秋田県JR男鹿駅の旧駅舎を改装した酒蔵)

−起業家として実現したいことは何ですか?

やりたいことの優先順位のトップは、常に「この地域に多くの雇用を生み出すこと」。自分が人を雇用するだけではなく、関わった人が起業して雇用を生むことも含めてです。大学時代に読んだ教科書に「起業とは、それ自体が社会貢献である」と書かれていて、すごくしっくりきたんですよ。世の中の雇用は中小企業が約8割を生み出していて、廃業や成長を繰り返しながら、起業家が事業を起こして雇用をつくり続けている。それが社会への貢献になるんだと。

地方が衰退する理由の一つは「いい仕事」がないことなので、「帰りたい」「移住したい」と思うきっかけになるような仕事をつくり続け、秋田を未来へ存続させたいとも思っています。魅力的でやりがいがあり、都会並みの賃金で、充実したプライベートも確保できる。そんな「いい仕事」があれば、きっと若者が集まってくれる。私の根本にあるのは、新政で働いていた時に秋田の人によくしてもらったことへの感謝なので。秋田に少しでも恩返しができるよう、良質な雇用を生み続けたいと考えています。

事務所
(いろいろなアイデアが生まれる事務所内)

命を燃やして生きたい

−秋田で起業するメリットは、何だと思いますか?

起業家が少なくてライバルがいないため、注目してもらいやすいことですね。例えば日本酒業界で一から起業しているのが秋田で自分だけとなると、自ずと目立ちますよね。活躍している起業家ともつながりやすくて、「秋田をなんとかしたい、秋田の魅力を後世に残したい」という同じ想いを持った同志がたくさんアドバイスしてくれるのもありがたいです。

地域の人もすごく応援してくれています。私の場合、最初は男鹿市役所の方が窓口になってくださり、早い段階で市長に会えたのが大きかったですね。市長は「若い人を応援したい」という気持ちのある方で、「お金はないけど、お金以外のことは全部サポートする」と言ってくださいました。外から地域に入って起業する時、受け入れてもらうための空気感を醸成するのは起業家側の責任です。真剣に地域の未来を思って行動すれば、きっと受け入れてもらえるはずですから。

−仕事をする上で大事にしていることはありますか?

「どうせ死ぬ。利他であれ。」です。どうせいつかは死ぬのが人生。それまでどんな人生を歩みたいかと考えたら、まわりの人たちの幸せのために、命を燃やして生きたいと思うんですよね。

起業家の中には「有名になりたい」「金持ちになりたい」という人がけっこういますけど、自分はどちらでもないんです。「こうなりたい」という理想に向かって努力ができない自分を、しょうもない人間だと思って若い頃は悩みましたが、そんな自分も人生の中でいくつか頑張れた瞬間があって。それはすべて「誰かのため」という場面でした。自分は、自分のためだけには頑張れない。けれど、誰かのためになら頑張ることができる。そういう自分が好きだし、そういう場面でこそ力が発揮できることにも気づきました。人のためになることが結局、自分のためでもあるんですよね。

DOBUROKU series
(DOBUROKU series)

失敗を恐れず進み、秋田に恩返しをする

−起業する時に大変だったことは?

一切ないです。とにかく自分は、すごく運がいいんですよ。出会うべきタイミングで出会うべき人に出会えているというか。新政で働きたいと思って3時間後には、新政での就職が決まっていたくらいですから。でも、それって偶然ではない気がしていて、運がいいうちは自分が今やっていることが間違ってないってことだと思うんです。もちろん試行錯誤して失敗もたくさんしてるんですけど、「間違いに気づけてよかった。ラッキーだ」と捉えています。これまで、事業を増やしすぎて社内の雰囲気が悪くなった、という事態も経験しました。でも、国内だけでも何百万人も経営者がいる中で、自分しか経験しない失敗なんてないんです。やれそうなことや思いついたことを全部やって、「これは解決の芽がありそうだ」と思うものを選んで実践していくようにしています。

−起業する時に助かったサポートは何でしたか?

秋田県の若者チャレンジ応援事業です。プレゼンで勝ち抜いて獲得した400万円で思い切ったチャレンジができて、1年分は事業を加速できたと思います。(公財)あきた企業活性化センターのビジネスプランコンテストや、〈あきぎん〉ビジネスコンテスト 2019-2020の受賞もありがたかったです。

資金面で助かったというのももちろんありますが、「支援してもらった分、成功して恩返ししないと」とグッと責任を感じたことが大きかったですね。とくに若者チャレンジ応援事業は原資が税金。大事な税金から絞り出して自分に使ってくれるんだ、という感覚を忘れずにいたいです。いただいた何十倍もの税金を払える存在になりたいと思っています。

発酵マヨ
(SANABURI FACTORYで販売している大人気商品「発酵マヨ」)

自分の人生を生きていく人へ

−これからについて、具体的な計画や目標を教えてください。

ここから3年で、男鹿の街にコンテンツをたくさん生み出す予定です。宿を2軒と蒸留所、スナック、オーベルジュなど、いろんな拠点をつくりたいと思っていますが、コンテンツっていつかは古くなるんですよ。

私が本当につくりたいのは「文化」です。現在、国内では、日本酒の製造・販売に必要な清酒製造免許の新規交付が原則認められていません。そこで私たちは、男鹿を、実験的に清酒製造免許の新規申請を可能にする「日本酒特区」にして、独立を目指すさまざまな醸造家が集まる「男鹿酒シティ構想」の実現を目指し、行政と一緒に頑張っています。これが実現すれば、新たなチャレンジャーがこの街に増え、新興の酒蔵が5軒、10軒と建っていく。そんな状態が30年続けばそれが文化になります。新興の酒造ばかりが建ち並ぶ街なんて、他にないですよね。それはきっと人が集まる理由になります。そうやって街が存続し、地域の人がそこで幸せに暮らしていけたら、そんなうれしいことはありません。そしてそこから、私が思いつかないチャレンジがどんどん増えていってほしいと思っています。

岡住さん
(現在90個以上のプロジェクトの構想があるという岡住さん)

−最後に、起業を目指す人へのメッセージをお願いします。

私のところには「事業を起こしたい」という人がよく相談に来ますけど、無責任に「起業しろ」とは言えないです。リスクも、痛みも、借金だって抱えることがありますから。起業は、生きていくための選択肢の一つでしかないですしね。それでも、自分で自分の働き方や生き方を決めたい人、社会課題を解決したい人など、事業を起こす人たちがいます。そういう人は、リスクを払いのけるくらいの実力をつけなければいけないのでめちゃくちゃ大変ですが、それでも、やる価値があることだと思うんです。私自身は、「自分が巻き込んだ人たち、関わった人たちみんなを幸せにしたい」という思いを原動力に、これからも頑張っていきます。

米を蒸す湯気がたちのぼる稲とアガベ [58KB]
(米を蒸す湯気がたちのぼる稲とアガベ)

(2024年2月インタビュー)


【稲とアガベ株式会社】
設立:2021年11月
住所:〒018-4742 秋田県男鹿市船川港船川新浜町1-21
URL:https://inetoagave.com/