秋元衆平 さん

【プロフィール】

株式会社エス
代表取締役  秋元衆平 さん
【R6年度AKISTA認定スタートアップ】

1984年、秋田県大仙市生まれ。
実家は小売酒屋「アキモト酒店」。首都圏の大学卒業後ロンドンに留学し、現地の日系出版社に勤務。帰国後はPRエージェントや月面開発スタートアップ企業「ispace」にて、マーケティングや広報を経験。2020年に秋田で「株式会社エス」を設立し、同年、秋田県の若者チャレンジ応援事業に採択される。2021年には〈あきぎん〉ビジネスコンテストで優秀賞を受賞し、県産素材を使った透明なノンアルコール発酵飲料「KOJI CLEAR(コージクリア)」を発売。2024年7月、AKISTA認定スタートアップに選定。同年、アジアの優れたパッケージデザインを表彰する「Topawards Asia 2024」を受賞した。


宇宙から地元へ、秋田の課題解決を目指して

−東京のスタートアップに勤めていた秋元さんが、秋田で起業したきっかけは何だったのでしょうか?

私は以前働いていた「ispace」で、宇宙をテーマにした壮大なプロジェクトに関わっていました。遠い宇宙に目を向けるやりがいのある仕事ではあったのですが、「遠いところだけではなく、足元にある地元・秋田にも解決すべき課題が山積みなのでは?」と考えるようになったんです。秋田では人口減少が進み、実家の酒屋では酒が売れなくなり、酒蔵や酒米を作る農家さんや田んぼも減少。地域の担い手も少なくなり、地域経済がどんどん小さくなっていくことを日々体感する状況です。「宇宙事業のように新たに未来を創り出すことも大事だけど、今ある地元の文化や風景を守るのも同じくらい重要だ」と思い至り、秋田での起業を決意しました。

−「糀(こうじ)」をテーマに選んだ理由を教えてください。

秋田に根付く「糀」の文化にはもともと可能性を感じていましたが、コロナ禍により世界中で健康志向が高まったことで、栄養価が高く日本書紀の時代から重宝される「甘酒」のような伝統的な発酵食品はきっと世界で戦えると考えたんです。また、マーケティング経験や海外での仕事を通じて、日本食が注目されていることも肌で感じていました。実際、日本食レストランが世界中ですごく増えているんですよ。

それに、実は私、実家が酒屋なのにお酒があまり飲めないんです(笑)。海外でもノンアルコール飲料のトレンドが来ているタイミングだったので、お酒を飲まない人も楽しめる商品を作ろうと考え、甘酒をアレンジした「KOJI CLEAR(コージクリア)」を開発しました。世界を見渡しても、糀の技術がこれだけ集積しているのは日本だけ。中でも秋田は最も糀文化が根付く地域の一つです。KOJI CLEARなら、アルコールと違う領域で秋田の酒蔵や農家さんにも貢献できるビジネスが可能だと確信しました。

KOJI CLEAR

世界市場を見据えた「KOJI CLEAR」の挑戦

−「KOJI CLEAR」の特徴やこだわりについて教えてください。

KOJI CLEARは、実は「甘酒からどれだけ離れられるか」にこだわって作ったんです。最初から海外マーケットを意識し、甘酒文化のない地域でも受け入れやすいように、透明で、甘味だけでなく酸味もある新しい味わいを目指しました。また、パッケージデザインは「透明感」「シンプル」をテーマに、どの国の人にも受け入れられるモダンな仕上がりにしています。今では、台湾やスイス、アメリカ、サウジアラビアなどから注文を受けていて、最近はアルコールが禁じられているイスラム圏から、料理酒の代替品としての引き合いもあります。そんなKOJI CLEARの製法は、透明であること、「あめこうじ」「白糀」の2種類を使っていること、シャンパンのような色にすること、という3つがポイントで、特許を取得しています。

開発には2年かかっています。その間、種麹を作る秋田今野商店さんや、地元の酒蔵・秋田清酒さん、秋田県総合食品研究センターさんなど、多くの方々にお世話になりました。特に、高度な技術が必要な種麹を作れるのは、全国でわずか5社のみ。その一つが秋田にあるのは、雪深い地域で生きるために先人たちが研究してきた醸造文化が深く根付いているからです。また、酒蔵さんには「絶対に作りたい!」という熱意と、海外展開のチャンスや新しい領域の可能性に共感いただき、今ではKOJI CLEARの製造ラインを確保してもらっています。コロナ禍で酒蔵としても危機感が高まっているタイミングだったことや、清涼飲料水の製造免許を持ち、使いたい糀をもともと使用していたこと、そして実家のアキモト酒店とのこれまでの関係性。さまざまなご縁が重なり、秋田清酒さんとの連携につながりました。

KOJI CLEAR

−事業を通じて解決したい秋田の課題や社会課題は何でしょう?

これからも秋田の文化や魅力が詰まった「糀」をベースに、地域に還元できるビジネスとして成長させていきたいですね。2024年からは、新商品「糀零(きくれい)」の販売もスタートしました。KOJI CLEARとは甘味と酸味のバランスを変えていて、よりまろやかなのが特徴です。また、ノンアルコール料理酒の開発も進めており、BtoB事業として原料供給の展開も視野に入れています。

秋田では今、お米を作る農家さんの減少により、農地が失われています。この負のループを断ち切るには、地域の資源をしっかりと活用して、新たな需要を生み出す商品やサービスを創り、資本を地域に還元する仕組みが必要です。人口減少で地方の需要が減る中でも、新たな需要を外に作り出すことで地域に元気を取り戻せると信じて取り組んでいます。

取材の様子

支え合う起業家コミュニティと、豊かな資源が生み出す可能性

−秋田で起業する魅力とは?

起業家同士の精神的な距離感の近さは魅力の一つですね。秋田は広いので頻繁な行き来は難しいですが、「地域の課題を解決したい」というピュアな思いを持つ起業家が多く、地域の未来を真剣に考えているという共通点があるので、地域の枠を超えて支え合うことができるのだと思います。大都市のような利益優先型ではなく、地域のための起業が秋田には根付いていると感じます。

それに、人口が少ない分、一人ひとりがサポートを得やすい環境が整っています。地域の課題解決にチャレンジする人を応援する空気感があり、相談窓口や交流機会が増えているのもうれしいですね。たとえば、よく利用する大仙市のコワーキングスペース「Shared office cozy」は、事業者同士の交流や情報交換の場にもなっていて、実際に食品関連の事業者とつながる機会も得られました。こうした場所が、起業を後押しする大きな力になっています。

−秋田の地域としてのポテンシャルは?

秋田の最大の強みは、世界で勝負できるリソースが豊富なことです。特に水の豊かさは世界トップクラスで、山や海からこんなにも良質な水が得られる地域は珍しいと思います。また、第一次産業が盛んで、食の根幹を支えていることも大きなポイントですね。秋田は都会から離れている分、この土地でしか得られないリソースや人材が魅力となり、人を惹きつけるはずです。私も、秋田の米や糀といった世界に誇れる独自の資源をさらに磨き、地域の価値を高めていきたいと思っています。

取材の様子

秋田の資源とネットワークで起業を加速!

−「AKISTA認定スタートアップ」に選ばれて、どう感じていますか?

認定後、多くのサポートを受けられるようになりました。現在は、AKISTAの伴走支援を通じて鉄道関係の業者とつながり、商品の提案を進めています。販路拡大や副業人材の紹介など、新たな出会いや機会が広がっていてとても助かっていますよ。地方にはスタートアップで働いた経験のある人が少ないので、新しいビジネスモデルを軌道に乗せ、定着させることができる仲間の確保が一番難しいという面もあります。ですが、AKISTAの取組で、「とりあえずやってみよう!」というチャレンジ精神を持つ人がこれから秋田に増えていくとうれしいですね。当社には国際教養大学の学生がインターンに来てくれて、輸出事業などをサポートしてくれているんですが、こうした海外志向を持つ若い人材が秋田に根付いてくれると私も心強いです。

−最後に、起業を目指す人へのメッセージをお願いします。

秋田で起業する魅力は、ここにある豊かな資源を生かせることと濃いコミュニティです。困ったときに相談すると、親身に話を聞いてくれる人が多いのが秋田の良いところ。「こんなことを自分ができるわけないのに、相談してもいいのかな?」と不安に思う時でも、素直に相談すると解決のヒントが得られることが多かったです。また、銀行や行政などのサポート体制も充実しています。

秋田には世界に挑戦できるポテンシャルがあります。もっと「秋田」に自信を持ちましょう!地元ならではの資源やつながりを活かしながら、一緒に新しいことにチャレンジしていけたらうれしいです。

アキモト商店
(アキモト酒店)

(2025年1月インタビュー)


【株式会社エス】
設立:2020年4月30日
住所:〒019-1701 秋田県大仙市神宮寺字神宮寺162
URL:https://www.kojiclear.com/company